追憶の風

母の短歌集

穏やかに専業主婦に終はる一世 多き友等に導かれ来し

母の短歌集

塩麹のブーム来たりて漬け込みし 絹豆腐の味チーズの如し

母の短歌集

リズム良く娘が階段を上り下りする 音羨しわが叶はねば

母の短歌集

「心ひとつ」の赤襷かけ相馬市長 東京マラソン完走したり

母の短歌集

二十度の角度に整然と南北に向く メガソーラ光輝く

母の短歌集

弱き身をいとほしみ生き平均寿命 八十六の誕生日今日

母の短歌集

百円にて三鉢買ひ来し胡蝶蘭 娘は丹精込め見事咲かせむ

母の短歌集

男神が上社より下社の女神様へ 向ひし跡とふ今朝御神渡り

母の短歌集

御神渡りのロマンを思ひ四年ぶりの 氷のせり上がる音を聞きをり

母の短歌集

亡き父の網を被りて養蜂に 励みゐし姿ありあり浮かぶ

母の短歌集

指折りて初めて短歌詠める娘に わが遠き日の姿の浮かぶ

母の短歌集

同居せし吾の短歌に刺激され 娘は指折り歌詠みはじむ

母の短歌集

還暦を過ぎたる子等と老いを忘れ セブンブリッジの遊びに興ず

母の短歌集

久々に訪ね来し孫と在りし日の 娘を語れば悲しみの湧く

母の短歌集

学び終へ就職決まりしを孫は告ぐ 心身共に逞しく見ゆ

母の短歌集

はらからと競ひ作りし紅白の 繭玉飾りし遠き日ありき

母の短歌集

「歳だから」「まだ若いよ」を使ひ分くる 巧さを子に指摘されたり

母の短歌集

お節料理のわが分担は栗きんとん 黒豆田作百合根と決まる

母の短歌集

年の暮れの門松飾る飯田の町 買物客の人影もなし

母の短歌集

移り来て日々に眺むる赤石の嶺 今日はくきやかに紫紺に暮るる

母の短歌集

娘等との暮らしとなりし終の住処 除夜の鐘をば幾度聞き得るや

母の短歌集

水車小屋に搗きゐし母の姉さん被り 偲び精米機の搗き初めをする

母の短歌集

裾野迄形良く見ゆる風越山 見飽きず仰ぎ買ひ物にゆく

母の短歌集

嬉しさと寂しさ交々に移り来て 日々に嬉しき心増し来ぬ

母の短歌集

被災せし松の木に作りしコカリナの 優しき音色は心和ます

母の短歌集

「おばあちゃん御飯ですよ」だけでなく 炊事当番吾も受け持つ

母の短歌集

わが人生の終の住み家と移り来し 娘の家の暮しに足りぬ

母の短歌集

娘等の早寝早起きの生活に 日々に馴れ来てひと月過ぎぬ

母の短歌集

娘の許へ身を寄せし吾にかけ呉るる 言葉は立場によって異なる

母の短歌集

嫁をとり娘等を嫁がせ夫を送りき この家の五十年思ひは深し