2018-01-01から1ヶ月間の記事一覧

火とぼし山

新しい出発 9 「わかった。でも、手長、くれぐ れも気をつけておくれ」 足長が、心配していいました。 足長は手長を背負い、ごぉーと 音をたてているうずのまわりを、 ゆっくり歩きました。 「明神さま。これからうずのま わりを歩きます。どうかわしら を…

火とぼし山

新しい出発 8 「手長。そんなことをしたら、わし らもうずにまきこまれてしまうぞ」 足長が、うずをみていいました。 すると、手長がいいました。 「私、きよのためなら、どんなこ とでもしてあげたい。あなた、私 を背負って、うずのまわりを歩い てくださ…

火とぼし山

新しい出発 7 淵へつくと、淵は大きなうずを まいていました。 うずは、ごぉーと大きな音をた てています。 二人は、淵のまわりをみわたし ました。 でも、きよの姿はありません。 「きよは、このうずにまきこまれ てしまったのね。かわいそうに」 「このう…

火とぼし山

新しい出発 6 「手長、足長。明神じゃ。わし の声が聞こえるか」 「はい、聞こえます。何かご用 でしょうか」 「きよが、湖でうずにまきこま れた」 「えっ、きよが? 場所は、ど こでしょうか」 「小坂観音沖の淵じゃ」 「わかりました。すぐ行きます」 「…

火とぼし山

新しい出発 5 この世で、次郎さんと会うこと ができて、私は幸せだった。 次郎さん、ありがとう。 とうちゃん、かあちゃん。 大切に育ててくれてありがとう。 私、二人のこどもに生まれて幸 せだった。 生まれ変わることができたら、 またとうちゃんとかあ…

火とぼし山

新しい出発 4 「あっ、うずだ」 きよは、大きなうずにまきまれ てしまいました。 もがけばもがくほど、うずの中 にすいこまれていきます。 「誰か、助けてぇー」 きよは、大声で助けをよびました。 でも、湖には誰もいません。 舟ひとつういていません。 「…

火とぼし山

新しい出発 3 今日の火は、少し南によっている ような気がする。 気のせいかしら。 次郎さんがともしてくれた火だも の、まちがいない。 あの火を目印に、泳いでいこう。 きよは、次郎がともしてくれた火 をめがけて泳いでいきました。 五分後。 「やっぱり…

火とぼし山

新しい出発 2 あたりがだんだん暗くなってきま した。 月は、まだでていません。 きよは、暗闇の中を、向こう岸に むかって泳いでいきました。 しばらくすると、西山にぽっと小 さな火がともりました。 「あっ、次郎さんだ。今日も火を たいてくれたのね。…

火とぼし山

新しい出発 1 九月八日。 残暑のきびしい日でした。 今日は、次郎と会う日。 「とうちゃん、かあちゃん。 これから次郎さんの所へ行って きます」 「きよ、気をつけて行くんだよ。 次郎君によろしくな」 父と母が、庭先まで見送ってく れました。 きよは、…

火とぼし山

湖を泳ぐ娘 34 その日、きよと次郎は、きまずい ままで別れました。 こんな別れ方をしたのは、初めて でした。 私は、今でも次郎さんが大好き。 でも、次郎さんの心の中には、私 以外の人が住んでいる。 その人は、大きな農家の一人娘。 その人と結婚すれ…

火とぼし山

湖を泳ぐ娘 33 次郎は、「会いにこないで」と いえず、困っていました。 みよは、働いている家の主人 の姪だったからです。 「おらが好きなのは、きよちゃ んだけだよ」次郎はそういった けれど、きよには次郎のことば が白々しく聞こえました。 「次郎さ…

火とぼし山

湖を泳ぐ娘 32 「次郎さんが、大好きだからよ。 だから、わかるの。次郎さんには、 その人と会う気はないかもしれな い。でも、その人、次郎さんが働 いているたんぼや畑へ、会いにく るでしょ」 次郎は、何もいえませんでした。 事実だったからです。 き…

火とぼし山

湖を泳ぐ娘 31 「次郎さん。うそつきなんていっ て、ごめんね。でも、次郎さんは、 ほんとのことをいっていない」 「きよちゃん。おれ、うそなんか いっていない」 「ほんと? 次郎さん」 「ほんとだよ」 きよは、次郎の顔をじっとみました。 次郎は、目を…

火とぼし山

湖を泳ぐ娘 30 「考えすぎだよ」 「じゃあ、見合いをした人と会 うため」 「その人とは会っていない」 次郎が、ぶっきらぼうにいいま した。 「なんて冷たいいいかたなのだ ろう」 きよは、心の中でつぶやきました。 「次郎さんのうそつき」 きよが、強い…

火とぼし山

湖を泳ぐ娘 29 次の朝。 「次郎さん。今度はいつ会えるの」 きよが、いつものように聞きました。 「秋のとりいれが終わってからかな」 「そんなのいや。せめて、月に二度 は会いたい」 きよは、自分の気持を次郎に伝えま した。 「きよちゃん。今、野良の…

火とぼし山

湖を泳ぐ娘 28 次郎は、自分の気持をコントロー ルすることができなくなっていま した。 そのため、きよの話を聞いていま せんでした。 「次郎さん。ぼんやりして、どう したの。具合でも悪いの」 きよが、心配して聞きました。 「いや、なんでもない」 次…

火とぼし山

湖を泳ぐ娘 27 次郎の心の中で、きよに対する 疑いがどんどんふくらんでいき ました。 その一方で、次郎は思いました。 おらは、小さな時から、きよちゃ んが大好きだった。 そんなきよちゃんに、なぜ疑いの 気持をいだくのだろうか。 きよちゃんが、魔物…

火とぼし山

湖を泳ぐ娘 26 きよちゃんは、魚になったよう な気がするといっていたが、魚 になどなれるはずはない。 きよちゃんには、諏訪湖に住ん でいる魔物がとりついているの ではないだろうか。 ひょっとして、きよちゃんが、そ の魔物だったりして。 そういえば…

火とぼし山

湖を泳ぐ娘 25 「そんな時は、すーいすーいと、 早く泳げるの。誰かが、たぶん 神様でしょうね。私を守ってい てくれるのだなって思うわ」 「きよちゃんが、魚に? そんな ばかな」 そういって、次郎はだまってしま いました。 「今夜は、きよちゃんの話に…

火とぼし山

湖を泳ぐ娘 24 「きよちゃんは、いつもそんな ふうに祈っているの」 「祈っているわ。次郎さんのこ とも、元気で暮らせますように と、毎日祈っている」 きよのことばを聞き、次郎は思 いました。 おらは、暗い夜道を、何時間も かけて訪ねてくるきよちゃ…

火とぼし山

湖を泳ぐ娘 23 でも、いつもと同じ時間である はずがない。きよちゃんは、い つもより早く家をでたのだろう と、次郎は思いました。 「きよちゃん。どうやったら、こ んなに早くここへこられるの」 「私、次郎さんと会う日には、無 事に次郎さんの所へたど…

火とぼし山

湖を泳ぐ娘 22 きよと次郎は、いつものように、 一晩中語りあかしました。 楽しいひとときでした。 その後。 きよが、次郎の所へたどりつく 時間が、だんだんに早くなりま した。 会うたびに、十分二十分と、早 くなっていったのです。 「きよちゃん。今夜…

火とぼし山

湖を泳ぐ娘 21 「次郎さん、魚よ」 「魚?」 「泳いでいる途中、つかまえたの。 後で焼いて食べよう」 きよは、次郎に魚をわたしました。 「きよちゃん。早く髪をかわかさな いと、かぜをひくよ」 次郎は、自分のてぬぐいを、きよ にわたしました。 きよは…

火とぼし山

湖を泳ぐ娘 9 「きよちゃん。いくら明るくても、 昼間とはちがうんだよ」 「たとえ、真っ暗でも、次郎さん がともしてくれる火を目印に泳い でくるから平気よ」 きよのことばを聞き、自分がとも す火が、どんなに大切な火である かということを、次郎は知り…

火とぼし山

湖を泳ぐ娘 8 「きよちゃんが泳ぎが達者だと いうことは、おらも知っている。 でも、夜中に湖を泳ぐなんて危 険だ。深みにはまって、おぼれ たらどうするの。死んでしまうよ。 きよちゃん、むちゃなことはしな いでね」 次郎が心配していいました。 「だい…

火とぼし山

湖を泳ぐ娘 7 「次郎さん、こんばんは」 「きよちゃん。今夜は、ずいぶん 早かったね。どうしたの」 「私、湖を泳いできたの」 「えっ、湖を?」 次郎は、驚いて聞きました。 みると、きよの髪から、しずくが ぽたぽたとたれています。 「私、一分でも早く…

火とぼし山

湖を泳ぐ娘 6 「あの火が、二人の合図なのか。 それにしても、小さな火じゃのぅ」 「きよは、あの火がともるのを、 待っていたのね。あの火は、二人 をつなぐ命の火なのでしょうね」 手長がしんみりいいました。 手長と足長は、小さな火をめが けて泳いでい…

火とぼし山

湖を泳ぐ娘 5 「達者な泳ぎだから、深みにでも はまらない限り、大丈夫でしょ。 魚が泳いでいるような、みごとな 泳ぎね」 きよの泳ぎをみて、手長が感心し たようにいいました。 すると・・・。 「あっ、次郎さんだ。約束通り、 火をたいてくれたのね。あ…

火とぼし山

湖を泳ぐ娘 4 「私には、きよの気持が、よくわ かるわ。危険をおかしてまでも、 一分でも早く、大好きな人に会い たいという気持。男のあなたには、 わからないでしょうね」 手長がいいました。 「わしにだって、わかるさ。でも、 こんな夜中に、湖を泳いで…

火とぼし山

湖を泳ぐ娘 3 「誰かと思ったら、きよか。湖 に氷がはれば、氷の上を歩く。 水がぬるめば、湖を泳いで渡る。 ほんとにむてっぽうな娘じゃのぅ。 大の男だって、湖を泳いで渡る 人は、数えるほどしかいない。 それなのに、かよわいおなごが、 こんな夜中に、…