追憶の風

母の短歌集

吾が米寿祝ひて子等の編みくれし 歌集の成りて夫に供ふる

母の短歌集

赤石の上空の日輪七色の 雲に囲まれ瑞祥となる

母の短歌集

マヤ文明の地球滅亡説に浮上せし 十二月二十一日の日輪何事もなし

母の短歌集

永久凍土に発見の種より開花せし スガワラビランジの白花優し

母の短歌集

元旦は若水を汲み豆殼を 焚きゐし囲炉裏の父を偲びぬ

母の短歌集

裸木となりし白樺の幹白く 朝日に照らひ影長く引く

母の短歌集

この朝ポストより出す新聞の 持ちし両手に冷気伝はる

母の短歌集

目の前の路を横切る仔狸に 思はず車を止めて見守る

母の短歌集

衆院選直前までも新政党 生まれて消えて十二党となる

母の短歌集

小学校の廊下の隅に唄ひつつ 遊びし思ひお手玉手にす

母の短歌集

何もかも捨てねばならぬ此の家の 家財道具に心の残る

母の短歌集

精米機に出でし糠にて糠床作り 胡瓜やセロリ漬けて楽しむ

母の短歌集

媼一人が守る休耕田一面に 秋桜風に波打ち揺るる

母の短歌集

白菜の出荷調整に捨てし畑 作りし人等なげき悲しむ

母の短歌集

吾住まぬ家となりたる庭内に ピンクの芙蓉コルチカム咲く

母の短歌集

栄養のバランス考え作り呉るる この娘の料理は吾が味に似る

母の短歌集

淋しさも少し持ち来て娘の家に 移りて一年健やかにあり

母の短歌集

幾冊もの吟行歌集に遠き日の 諸々の思ひ浮び来るなり

母の短歌集

通院の病院前に移植されし 二百年の松の活着祈る

母の短歌集

道の駅の棚に売られる虫篭の 鈴虫次々涼しげに鳴く

母の短歌集

娘の許へ移りし家に迷ふなく 夫よ来ませと迎へ火を焚く

母の短歌集

働きて初めて貰ひし給料の 嬉しかりしを孫は言ひたり

母の短歌集

電球に靴下を被せ繕ひて 履かせし戦後を子等に語りぬ

母の短歌集

病院の待合室の高窓に おにやんましばし羽根休めをり

母の短歌集

悪賢き郭公と思へず爽やかに 鳴けるを今日も心地良く聞く

母の短歌集

鶯の鳴き声真似る口笛に すぐに応えて爽やかに鳴く

母の短歌集

初恋の香りするとふ芝桜の 花に寄りゆきしばし香の中

母の短歌集

吾等住む地球と月と太陽が 一直線に今列びたり

母の短歌集

天空にリングを描きし金環日食 初めて見得し今日の喜び

母の短歌集

新アララギに同じ先生の選受くる 百歳の君に肖りたく思ふ