竜の姿をみた少女


たてしな山は、「諏訪富士」とも
よばれ、大昔から佐久や諏訪の人
々に愛されてきました。
山のふもとに、美しい湖があります。
湖の名前は、しらかば湖。
音無川をせきとめてつくられた湖で
した。



一月末のある日。
かなは、おとうさんといっしょに、
しらかば湖へ行きました。
目の前には、雪をかぶったたてし
な山が、朝日をあびて美しく輝い
ています。



「おっかあ」
「おっかあー」
「だれかしら」
かなは、あたりをみまわしました。
でも、湖のまわりにはだれもいま
せん。



「とうちゃん。今、なにか声が聞
こえなかった?」
「いやー、なにも。なにか聞こえ
たかい」
「おっかあ、おっかあーという声
が、聞こえたの」 
「そうか。とうちゃんも、しらか
ば湖でつりをしていた時、『おっ
かあ、おっかあー。どこにいるー』
という声を聞いたことがある」



「だれの声なの」
「妻をさがして歩く三郎の声だと
いわれている」
「三郎って、だれ?」
「大昔、たてしな山のふもとに住ん
でいたという三郎だよ。
三郎はね、なぜか竜になってしまっ
たのだよ」



「竜に? とうちゃん。しらかば湖
に、竜がいるって、ほんとう?」
「さあなぁ。村には、竜がいるとい
ういいつたえがあるが、竜の姿をみ
た人はだれもいないからね。
でも、しらかば湖には、竜がいるか
もしれないよ」
おとうさんは、夢みるようにいいま
した。



「ねぇ、とうちゃん。村に伝わって
いる竜の話って、どんな話なの」
「じゃあ、今日は、その話をしてあ
げよう」
おとうさんは、湖のまわりを歩きな
がら、竜になった三郎の話をしてく
れました。



むかーし、昔。ずぅーと昔。
たてしな山のふもとに、小さな村が
ありました。
その村に、太郎・次郎・三郎という、
仲のいい兄弟が住んでいました。
兄たちは、末っ子の三郎を、「三郎
や、三郎や」といってかわいがって
います。
三郎も、兄たちが大好きでした。



ところが・・・。
三郎があまりに美しい妻をもらった
ので、兄たちは三郎にやきもちをや
きました。
やきもちをやいた兄たちは、三郎を
魚つりにさそいだし、湖の深いふち
につきおとしてしまったのです。



湖につきおとされた三郎は、神様に
助けられ、地の国の王子になりました。
三郎は、地の国で十年近く暮らしま
した。
地の国の生活は、夢のような生活で
したが、三郎は愛する妻のことを忘
れることができませんでした。



三郎は、神様に許しをもらい、千日
かけて、やっとの思いで村へもどっ
てきました。
ところが、三郎は、なぜか竜になっ
ていたのです。
こんなお話でした。


 
「とうちゃん。三郎は、なぜ竜にな
ってしまったの」
「なぜだろうね。三郎は、長い間地
の国で暮らしていたからだとか、鹿
のきもで作ったもちを千枚も食べた
からだとか、いろいろいわれている
が、ほんとうの理由はわからないね」



「とうちゃん。竜って、どんな姿を
しているの」
「さあ、どんな姿をしているのだろ
うね。
大きな角があるとか、たくさんうろ
こがついているとか、美しい玉を持
っているとかいわれているが、とう
ちゃんにもわからない。
今夜、竜の絵をみせてあげよう」
おとうさんは、絵でみた竜の話をし
てくれました。
 

         つづく