女神さまとの約束


八ヶ岳のふもと、中山峠の近くに、
さいのかわらという山深い里があ
ります。
そこには、長者屋敷とよばれる大
きな家があり、長者と娘が仲良く
くらしていました。
娘の名前は、ふく。
父親おもいのやさしい少女でした。



「ただいま」
「とうちゃん。おかえりなさい。
寒かったでしょ」
「外は寒いね。ふく。また雪が降
ってきたよ」
「また雪?」
「大雪にならなければいいが」
長者は、いろりのそばにすわりま
した。



ちらちら降っていた雪も、いつの
まにかぼたん雪にかわりました。
雪は、どんどん積もっていきます。
庭も畑も山も、雪で真っ白になり
ました。
そして、夕方には吹雪になりました。



その夜のことです。
「とんとん、とんとん」
だれか戸をたたいています。
「こんなにおそく、だれだろう? 
しかも、こんな大雪の夜に」
長者とふくは、おもわず顔をみあ
わせました。



「どなたかな?」
長者が、やさしく声をかけました。 
「旅の者です。今夜泊めていただ
けないでしょうか」
戸をあけると、女の人が立ってい
ました。
女の人は、雪でびっしょりぬれ、
寒さのためぶるぶるふるえています。



「寒かったでしょ。さあ、早く中
へ入りなさい」
「ありがとうございます」
女の人は、ほっとした顔でいいま
した。
つぎはぎだらけの着物をきた、貧
しいみなりの人でした。



「すぐきがえをもってきます。
待っていてくださいね」
ふくは、母の部屋へ、きがえをと
りに行きました。
「この着物は、なくなったかあちゃ
んの着物です。
さあ早く、この着物にきがえてくだ
さい」



「そんな大切な着物を・・・私にか
してくださるのですか。
ありがとうございます」
女の人は、土間のすみで、きがえを
しました。



きがえをすませ、いろりのそばにす
わった女の人をみて、ふくはびっく
りしました。
女神さまのような美しい人だったか
らです。
女の人は、やさしい笑みをうかべて
いました。



「なんて美しい人だろう。
なくなったかあちゃんが、あちらの
国から帰ってきたみたい」
ふくは、心の中でそっとつぶやきま
した。



女の人はぐっすり休み、次の朝には
すっかり元気になりました。
「お世話になりました。
大切なおかあさんの着物、おかりし
ていきます」
女の人は何度も礼をいい、屋敷をあ
とにしました。



「大雪の夜、あの人はどこへ行くつ
もりだったのだろう」
ふくは、女の人のことが、気になっ
てしかたがありません。



「貧しいみなりをしていたけれど、女
神さまのように美しい人だったね。
どこのかたかしら。なくなったかあち
ゃんに、にていたね」
ふくの心の中は、大雪の夜に泊まった
女の人のことでいっぱいでした。


      つづく