ライオンめざめる


霧ヶ峰霧高原のふもとに、一軒の山小屋がありま
した。その山小屋には、心の優しい少女が、おと
うさんとおかあさんとくらしています。
いや、もう一匹、少女がかわいがっている柴犬
「りゅう」も一緒でした。



少女の名前は、かな。むじゃきで明るい小女です。
霧が峰高原では、春から秋にかけて、数百種以上
の花が咲きます。春は、れんげつつじ。夏は、日
光きすげややなぎらん。そして秋は、松虫草やす
すきなど。かなは、松虫草の花が大好きでした。



五月十日。
かなは、七才になりました。
「かな、誕生日おめでとう。誕生日のプレゼント
だよ」
そういって、おとうさんはかなの首にロケットを
かけてくれました。それは、金でできた二センチ
くらいのライオンのロケットでした。
「わぁ、かわいいライオン!!とうちゃん、あり
がとう」
かなは大よろこび。



ライオンのロケットは、おとうさんが西の国へ旅
をした時に求めたものでした。
おとうさんは、旅先でライオンのロケットをみた
時、「なんてかわいいライオンだろう」と思いま
した。
「娘が生まれ、七才になった日、このライオンの
ロケットを、娘にプレゼントしよう」
おとうさんは、そう心に決めました。
そして、そんな日がくるのを、おとうさんは楽し
みにして待っていたのです。
「かな、とてもよくにあうよ。ロケットを大切に
するのだよ」
おとうさんは、にっこりしながらいいました。



何ヶ月か過ぎました。
ある夏の夜のことでした。
「うーん・・・うーん・・・」
どこからか、うなり声が聞こえてきます。
「誰かしら?」
かなは、声のする方へ行ってみました。
すると・・・。
うなり声は、ライオンのロケットが入れてある机
の方から聞こえてきました。
「まさか・・・?」
そう思ったかなは、自分の部屋へもどりました。




「うーん・・・うーん・・・」
しばらくすると、またうなり声が聞こえてきます。
うなり声が気になったかなは、ライオンのロケット
を手にのせて、じっとみていました。
「金でできているライオンが、うなるはずはないし
・・・ね」
かなは、そっとつぶやきました。
でも・・・、耳をすませて聞いていると、うなり声
はたしかにこのロケットの中から聞こえてきます。
しばらくすると、
「い・・た・・いよぉ。・・・いたいよ・・・」
こんな声も聞こえてきました。
「どこがいたいの?」
かなは、ライオンに聞きました。
でも、ライオンは何も答えません。
困ったかなは、ロケットをやさしくなでてあげま
した。



その後。
夜になると、時々ライオンのうなり声が聞こえてき
ました。かなは、そのたびに、ロケットをやさしく
なでてあげます。



「とうちゃん、とうちゃんが誕生日にくれたライオ
ンのロケットね、夜になると、うーんうーんってう
なるの。うなるだけではなく、いたいよぉっていう
の。とうちゃん、どうしたらいい?」
ある夜、かなはおとうさんに聞きました。
「かな、それ本当かい?」
「とうちゃん、本当よ」
「とうちゃんは、金でできているライオンが、うなる
はずはないと思うけれどね」
「私も最初はそう思ったわ。金でできているライオン
が、うなるはずはないって。でも、何度もうなり声を
聞いているうちに、このロケットの中に、だれかがと
じこめられているのではないかと思うようになったの」
「そんなばかな・・・。とうちゃんは、かなのいうこ
とを信じたい。でも、この話だけは、信じることがで
きないね」
おとうさんは、困ったような顔をしました。




さわやかな秋になりました。
かなとりゅうは、高原の小高い丘へ登りました。
りゅうは散歩が大好き。
かなの顔をみると、「散歩に行こう。ねえ、かな
さん。散歩に行こうよぉ」と、大声でさいそくし
ます。
かなはライオンのロケットを首にかけ、散歩に行
きました。 丘へつくと、夏の間美しく咲いてい
た日光きすげややなぎらんは、すっかり枯れてい
ました。そして、草原は一面すすきでおおわれて
いました。




松虫草の花は、まだ咲いているかしら」
かなは、松虫草の花を探して歩きました。
あちこち探しましたが、松虫草の花はなかなかみ
つかりません。
松虫草の花は、もう枯れてしまったのかしら」
かなは、あきらめて家に帰ろうと思いました。
ふと足元をみると、枯草の中に、松虫草の花が十本
くらい咲いていました。
松虫草の花は、秋の日をあび、きらっきらっと美しく
輝いています。
「なんてきれいだろう」
かなは、松虫草の花に見とれていました。



すると・・・。
花のみつをすいにきたのでしょうか。
どこからか、赤いちょうが一匹舞ってきました。
みたことのないちょうです。
松虫草の花の上で、ちょうが大きく羽をひろげた時、
かなは「あっ」と驚きの声をあげました。
そのちょうは、くじゃくの羽のような、鮮やかな色
をした赤いちょうでした。
ちょうの羽には、大きな目玉のようにみえるもよう
がついています。ちょうをじっとみていると、かな
は誰かにみつめられているような気がしました。




しばらくすると、あっちの方から一匹、こっちの方
から一匹と、たくさんのちょうが、松虫草のまわり
に集まってきました。
ちょうの数は何百匹、いや何千匹でしょうか。
集まってきたちょうたちは、かなとりゅうのまわり
を、楽しそうにひらひらと舞い始めました。
誰がふいているのでしょうか。
どこからか清らかな笛の音も聞こえてきます。ちょ
うたちは、その笛の音にあわせ、楽しそうに舞って
います。



「うーん・・・うーん・・・」
ライオンのうなり声で、かなははっとわれにかえり
ました。 
あんなにたくさんいた赤いちょうは、どこをさがし
ても一匹もいませんでした。
「赤いちょうは、どこへ消えてしまったのかしら」
かなは、ふしぎに思いました。
みると、松虫草の花が、何事もなかったかのように、
風でゆれています。
「いたいよぉー・・・いたいよ・・・」
ライオンが、またないています。
かなは、いつものように、ロケットをやさしくなで
てあげました。



「うー、わん、わん」
とつぜん、りゅうが大声でほえました。
びっくりしてふりむくと、杖をついた白いひげのお
じいさんが、後にたっていました。
「どうしたのじゃ」
おじいさんが、にこにこしながら近づいてきました。
「おじいさん、このライオンね、時々うーんうーん
ってうなるの。なぜうなるのかしら」
かなは、おじいさんに聞きました。



「そうか、ちょっとわしにみせてごらん」
おじいさんはロケットを手にのせ、じっとみていま
す。
おじいさんがロケットをやさくしなでた時、ふしぎ
なことがおこりました。
おじいさんの手の中で、ライオンがだんだんに大き
くなってきたのです。二センチくらいだったライオ
ンが、十センチくらいになり、二十センチくらいの
大きさになりました。




おじいさんは、ライオンをそっと地面におろしまし
た。すると、ライオンは足をふんばり、しっかり立
ち上がりました。
そして、あっという間に、五十センチくらいの大き
さのライオンになりました。りゅうはわんわんなき
ながら、ライオンのまわりを走りまわっています。
しばらくすると、ライオンはふつうの大きさになり
ました。




「うおー」
 ライオンが、うれしそうな声をあげました。
「かなさん、ありがとう。やさしいかなさんのおか
げで、私は長いねむりからさめることができました」
ライオンは、うれしそうにいいました。
かなはびっくりして、大きくなったライオンをみてい
ます。



「少女よ、わしは諏訪の神・明神じゃ。おまえは本当
に心の優しい少女じゃのぅ。わしは諏訪の地をあちこ
ちみて歩いているので、おまえのことも、りゅうのこ
とも、よーく知っているぞ。おまえは何千年もの間誰
も聞くことができなかったライオンの声を、よく聞く
ことができたねぇ」
神さまは、感心したようにいいました。




「かな、さっき松虫草のまわりを舞っていたちょう
は、何というちょうか知っているか」
「知りません。神さま、何というちょうですか?」
「くじゃくちょうというのじゃ。この高原にきても、
めったにくじゃくちょうには会えんぞ。心のやさしい
少女がこの高原にくると、くじゃくちょうはどこから
かでてくるのじゃ。でも、本当にやさしい人しか、く
じゃくちょうの姿はみえないのじゃ。わしもそこでく
じゃくちょうの舞をみていたが、美しい舞じゃったのぅ」
神さまは、くじゃくちょうのことを、いろいろ教えて
くれました。
くじゃくちょうは、ちょうのままで、寒い冬をこすの
だそうです。




「神さま、ライオンはなぜ小さくされてしまったので
すか」
かなは、神様にたずねました。
「このライオンはのぅ、四千年位前、西の国の王妃が
かわいがっていたライオンじゃ。ある日、ライオンは
魔法をかけられ、小さくされてしまったのじゃ」
「じゃあ、ライオンはなぜいたいよぉってないていた
のですか」
「それはのぅ、まほうをかけられた時、まほうつかい
の杖で、何度も強くなぐられたのじゃ。だから、体中
が痛いのじゃろ」




すると、ライオンが話し始めました。
「王妃はかなしがって、小さくなった私を、金のロケ
ットにしたのです。そして、王妃はなくなるまで私を
大切にしてくれました」
ライオンは、やさしかった王妃をなつかしむようにい
いました。
「そのロケットが、おおぜいの手をへて、こうして心
のやさしいかなの手にわたったのじゃ。今までは、誰
もライオンのうなり声を聞くことができなかった。で
も、かなのおかげで、ライオンはやっと長いねむりか
らさめることができたのじゃ。ライオンよ、ほんとう
に良かったのぅ」
かなは、神様の話をふしぎな思いで聞いていました。




「そうだ。みんなで西の国へライオンを送って行こう。
わしも近いうちに西の国へ行きたいと思っていたとこ
ろじゃ。かなとりゅうも、一緒にいこう。さあ、かな。
りゅうをだいて、ライオンの背中へおのり」
神さまがいいました。
「さあ、かなさん。私の背中へ乗ってください。一緒に
私が住んでいた国へ行きましょう」
ライオンがいいました。 
かなとりゅうと神さまは、ライオンの背中に乗り
ました。
「さあ、出発するぞぅ」
「うおー」
ライオンは一声高くほえると、空高くまいあがり
ました。




かなの家が、かなが住んでいる高原が、だんだんに小
さくなり、とうとう見えなくなってしまいました。
かなたちは、いくつもの山、いくつもの海をこえて、
西へ西へととんで行きます。