かきつばたになった少女

かきつばたになった少女  その1


昔、昔、ずぅーと昔。
神様が私たち人間と同じ国に住んでおられた頃の
お話です。


八ヶ岳のふもとの高原には、おおぜいの女神さま
たちが住んでいました。
その中に、「かきつばた」という名前の、美しい
少女がいます。
かきつばたは、ある神様の一人娘でした。神様は、
たった一人の娘を、宝物のように大切にしています。


女神さまたちは、みんな美しいかたばかりでしたが、
かきつばたの美しさは格別でした。
黒い長い髪、すきとおるような白い肌、小さなかわ
いいくちびる、うっすらと紅をさしたようなほお、
すらりとした体、澄んだ清らかなひとみ。
かきつばたのひとみは、いつもきらきら輝いていま
した。
かきつばたをみた人は、あまりの美しさにびっくり
しました。
「なんて美しい少女だろう。この世にこんな美しい
少女がいるのだね」と。
かきつばたは、姿が美しいだけでなく、笑顔のすて
きな、心のやさしい少女でした。
かきつばたのそばにいると、どの人もほっとし、心
がなごみました。
そんな少女だったので、神様や女神さまたちから、
「かきつばた、かきつばた」といって、かわいがら
れています。

「この間、霧が峰へ行ったら、女神さまのように美
しい人たちに出会った。その中に、とてもかわいい
少女がいたよ」
霧が峰へ行くと、かわいい少女に会えるそうだ。
その少女の名前は、かきつばたというらしい」
そんなうわさが、八ヶ岳のふもとの村に流れていま
した。しかし、その少女が、どこに住んでいるのか、
誰も知りませんでした。
「一度で良いから、その美しい少女に会ってみたい」
「かきつばたと友達になりたい」
村の少年たちは、みんなかきつばたにあこがれて
いました。
その中に、狩の上手な足の早い少年がいました。
少年の名前は、山彦。
「おらもかきつばたに会いたいな。いつかきつばた
に会えるだろうか」
山彦も、かきつばたに会える日を、楽しみにしてい
ます。



梅雨があけた七月のある日。
その日は、からりと晴れた良い天気でした。
かきつばたは、一人で霧が峰へ行こうと思いました。
大好きなおばさまに、きすげの花をプレゼントしよ
うと思ったのです。
おばさまは、おとうさんの妹。心のやさしい美しい
人でした。でも、おばさまは独身でした。
「すてきなおばさまなのに、なぜ結婚しないのだろう」
かきつばたは、ふしぎに思っていました。
おばさまは、かきつばたを自分のこどものようにかわ
いがってくれます。
そのおばさまが病気になり、何ヶ月も床についたまま
でした。
「おばさま、早く元気になってくださいね」
かきつばたは、毎日おばさまのみまいに行きます。 
「かきつばた、おみまいありがとう。残念だけれど、
私は後わずかしか生きられないわ。霧が峰には、もう
きすげの花が咲いているかしら」
「きれいに咲いているでしょうね」
かきつばたは、黄橙色のきすげの花をおもいうかべな
がらいいました。



「かきつばた、きすげの花はね、私が少女だったころ、
大好きだった人から、初めてもらった花なの。その人
は、ふもとの村に住んでいる人間の少年だった。私は、
その少年と何度も霧が峰へ行ったわ。とても楽しかった。
なくなる前に、もう一度きすげの花がみたいわ」
おばさまは、遠い昔をなつかしむように、そういいま
した。


      つづく