短歌

母の短歌131

在りし日に母剥きくれし真綿入れ 娘の半纏を今宵仕上げぬ 紙のごとく軽き宇宙食のストロベリー 含めば清らかに香り広がる 山峡の谷間を白く包みゐし 霧ののぼりくるわが立つ岡に 雲間より差しくる朝日に煌きつつ 舞いくる雪は地につかず消ゆ

母の短歌

母の短歌127 http://d.hatena.ne.jp/dowakan/20090319#p3 母の短歌128 http://d.hatena.ne.jp/dowakan/20090320#p4 母の短歌129 http://d.hatena.ne.jp/dowakan/20090321#p4 母の短歌130 http://d.hatena.ne.jp/dowakan/20090322#p6

母の短歌130

憂きことの薄らぐ思ひに微笑みある 夫の写絵に今日も向かへり 青桐の実の触れ合ひて音立つる 木下に息を整へて立つ 九月中は水を控えしシャコサボテン 葉の先毎に莟もち来ぬ 神の湯に向ふわがバス諸木々の 紅葉に触れつつ山道登る

母の短歌

母の短歌125 http://d.hatena.ne.jp/dowakan/20090317#p5 母の短歌126 http://d.hatena.ne.jp/dowakan/20090318#p4

母の短歌

母の短歌123 http://d.hatena.ne.jp/dowakan/20090315#p4 母の短歌124 http://d.hatena.ne.jp/dowakan/20090316#p3

母の短歌129

心豊けく過ごしゐるわがこの日々を 亡き夫に謝す心忘れず 寝苦しき夜もなくして夏も過ぎ 今宵早くも馬追の鳴く 秋づきし光の中に庭隅の 藪柑子の実付きてきぬ 箪笥の傷の一つ一つに思い出ありて 移り住みし村々思ひて磨く

母の短歌128

アスファルト割りて萌えたつ餅草に 心励まさるる思ひして行く 御守りの袋に夫の写真入れ 手術室より娘の出づるを待つ 川底よりあげし砂より次々に 這ひ出づる蟹を川に戻しぬ 幼き日つばなの花芽つみ食ひし 畦道を姉と久々に歩む

母の短歌127

思ひゐし東山魁夷館に今日は来て 「白馬の森」の絵葉書を買ふ 在りし日に夫の好みし「四季の歌」 テレビより流るればわれもハミングす 知至先生を偲ぶよすがの紫蘭 咲きはや六度の忌日巡り来ぬ 亡き夫の形見と培う石楠花の 新葉伸び立つ淡き緑に

母の短歌126

在りし日に夫の作りし玉しのぶ 赤く芽吹けるを松の枝に吊るす 中の湯の山桜咲く谷だにに 噴き湧く温泉の湯煙漂ふ 冬眠より覚めし蛙が動きにぶく 三つ葉摘む手許横ぎりゆきぬ モトクロスのあげる砂埃地蔵峠の 芽吹きの木々を白く覆ひぬ

母の短歌125

無人駅に遇へる媼は嫁の悪口 言ひてすっきりせしと笑へり 百五十人分のおでん作らむと大根こんにゃく 竹輪を刻む今日文化祭 りんご園に霜除けの風車音立てる 亡き夫初任地の高森に来ぬ 事故にあひ立てぬ野良猫に牛乳を 人にもの言ふごと娘は呑ませをり

母の短歌124

幾すぢか光る娘の白髪見て われの齢を沁みて思ひぬ 九十分で地球を一周するといふ 宇宙博の宇宙船に今し乗り込む 夫逝きし齢となれる誕生日 夫の分迄生きよと子等言ふ 雲一つなき茜空教会の 白き十字架うき立ちて見ゆ

母の短歌123

思ひ来し宇宙博に娘と来たり 夢心地して「ミール」に乗り込む 寝込みし時に己の為に縫ひためし むつきが母の箪笥にありき 冬枯れの庭に亡き母の生家より もらひ来りし波瀾勢ふ 夫使ひ子も使ひたる広辞林 テープを貼りて補ひ使ふ

母の短歌

母の短歌121 http://d.hatena.ne.jp/dowakan/20090313#p4 母の短歌122 http://d.hatena.ne.jp/dowakan/20090314#p3

母の短歌122

羽場先生の終の選なる十月の ヒムロの歌稿を淋しみて書く 文明先生の菩提寺よりの友の土産 開運鈴の音色やさしき 年毎に転入者多きわが部落 住宅地図見つつ通知配り行く 地に這いて草紅葉の中タンポポの 小さき花が淡々と咲く

母の短歌121

雨止みし夕べの庭に色褪せし アヤメの花の雫滴るるを摘む 墓掃除終りて在りし日夫の植ゑし ハナノキの木陰に娘と茶をのむ 株張らず早続きに下葉枯れし 里芋に深々と土寄せをする 餅を焼き大根を煮てごぜ達を もてなし居りし母の面影

母の短歌

母の短歌119 http://d.hatena.ne.jp/dowakan/20090311#p3 母の短歌120 http://d.hatena.ne.jp/dowakan/20090312#p2

母の短歌120

摘みてたのし食ひてうましと子規言ひし 土筆摘みきて胡麻和へにす この坂を杖にすがりて妻君の 墓参りされたる先生思ふ 錦木の散りしく小花払ひつつ 木下に植えし三つ葉を摘みぬ 夕風に細波たてる隣田に 今年は新築の家の灯揺らぐ

母の短歌119

クレーン車の大き手が吊るユニットを 重ねて忽ち家の形整ふ 三十円の値札つきしまま亡き夫の 買ひ置きし小刀錆びて出できぬ 己が為のみの栄養バランスを 考へて厨に立ちて馴れきぬ 年金の現状届をゐだし来て 今年も健やかに生きたしと思ふ

母の短歌118

足止めて珍しみ見る石切場 機械の上に小さき虹たつ 毛利さんのスペークシャトルからの宇宙授業 始まるを待つ心たかぶりて 雨に濡るる野菊の花にまた寄りて 足りし心に去る左千夫記念館 在りし日に夫の植ゑたるベニマンサクの 花を濡らして時雨過ぎゆく

母の短歌

母の短歌116 http://d.hatena.ne.jp/dowakan/20090308#p4 母の短歌117 http://d.hatena.ne.jp/dowakan/20090309#p3

母の短歌117

たそがれて尚厳しき暑さのほてり残る 入り来る風の生あたたかし 幾度も鍵をたしかめ床に入る ことにも馴れて老いひとり住む 緑増し稲田の水面せばまりて ウリカワの白花風のまに見ゆ 残暑の中咲く松葉ボタンの花 閉ざす時も日毎に早くなり来ぬ

母の短歌116

白テッセン白花マンテマ咲くあたり 夕光ながく花明りする 隣り町へゆくがごとくに十日間の 海外出張を汝は告げきぬ 医師の告ぐる検査結果に安らぎて 夕餉の食欲俄かに進む 医師の身で五十才で逝きし兄を恋ふ 胃の再検査の知らせを受けて

母の短歌

母の短歌113 http://d.hatena.ne.jp/dowakan/20090305#p4 母の短歌114 http://d.hatena.ne.jp/dowakan/20090306#p3 母の短歌115 http://d.hatena.ne.jp/dowakan/20090307#p4

母の短歌115

在りし日に夫の植ゑたる花大根に 紋白蝶のもつれつつ舞ふ 埃立つ迄に乾きし門先に 土竜もたげし黒土匂ふ 透視板に医師の貼るわが胃の写真 恐れを持ちて覗見をする ヒムロ誌に吾と同じく亡き夫と 詠める歌多しなべて寂しも

母の短歌114

亡き夫を心におもひ下り立てば 在りし日植ゑし春蘭の咲く 左千夫先生の小説の舞台となりしお蛇ケ池 雨に煙りてただに静もる 母ここに座りゐましと心しむ 故里に来て姉と並ぶ縁に ちぎり絵に励みし今日は掃除機の 塵に目にたつ色とりどりの和紙

母の短歌113

柿むきを終へて安きか友の家の 窓は今宵早くも暗し 知至先生のみ庭に立ちて寂しき花と 詠まれし黄梅に向ひ偲びぬ 雨のまま啓蟄の今日昏れゆきて 六時の鐘の鈍く響きぬ わが庭の春の初花アネモネの 赤きを切りて夫に供へむ

母の短歌112

一月の半ばと言ふにアサツキの 淡き緑にこぞり萌えきぬ チューリップ水仙貝母萌え立ちし 庭にこの年初の草とりをする 総会の今田人形の三番叟 息合う仕草よ鈴の音やさし 常日頃さほど思わぬ孤独感 点らぬ家に入るとき兆ざす

母の短歌111

師走の庭に早も萌え来しヒヤシンス 忽ち埋めて雪の降りつぐ 伸び立ちし碗豆に深々と土寄せて 今年終の畑仕事終る 長く生きて仕合わせのみにあらざりしと 九十才の媼しみじみと言ふ 心なき人の言葉を聞き流す 術も身につく年重ね来て

母の短歌110

秋となる光の中に松葉ボタン 小振りとなりし花の咲きつぐ 正岡子規名付けしといふ「無塵庵」 茅ぶき屋根より雫し止まず 光り苔も見えざりし光前寺の 雨濡れ散る紅葉ばを拾ふ 台風に根こそぎ倒れし柿の木の 色づきし実の夕日に照らふ

母の短歌

母の短歌108 http://d.hatena.ne.jp/dowakan/20090228#p3 母の短歌109 http://d.hatena.ne.jp/dowakan/20090301#p5